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2013年10月18日金曜日

私の道の好みと古道と村愛のお話。

今日は他にも目星を付けていた古道を探索。



んー、綺麗にしたい!
ここも入り口が草でうもれて普通に歩いては入れなくなっていました。
台風で大小色々落ちてるし倒木も。
でも緊急性はなさそう。

それにしても気持ちいい道だ。
もったいない。


これは別場所の古道の下り、道を塞いでいたでかい倒木。
よく見ると電線にもたれちゃってて、なんだかヤバい雰囲気。

こないだの台風かな。
こんな山奥でもさらに上に家が残ってるからこその被害。
とりあえず上の家の人に連絡。
これは緊急。

・・・って書いてて思ったんだけど、
俺がやってんのってまるでパトロール・・・

誰にも頼まれてないけどσ^_^;


竹林のあるトレイルっていいな、明るくて。
檜原村には多くない気がするんだけど。

ここも、前後が険しくてちょっとしんどい。

それはそうと、ここも台風で色々落ちてた・・・
ああ、きれいにしたい!

全然掃除好きじゃなかったはずなのに、
なんだろうこの衝動は・・・!



たまには、好み「ではない」道の画像も。


ここも古くから生活道として使われてきたはずなのですが、
戦後(?)杉が植林され、すっかり姿が変わってしまったようです。

地面はグズグズで路肩は崩れやすく、
木の根が張り出して歩きにくくなってしまっています
(歩きにくいってことは走りにくいってことです)。


そして、暗い。
進んで行っても変化が少なく、眺望も悪く、
なんとなく気分が沈みます。

もちろんスギ・ヒノキが一様に悪いわけではなく、
中には歩いて気持ちいい植林帯もあるのですが、
それでも植林される前の雑木林(おそらく)の中を
くねくねと伸びていたかつての道の姿を想像せずにはいられません。


一方で。

意外かもしれませんが、山奥まで点々と続く家々に向けて伸びるこういった簡易舗装の細い道もそう嫌いではありません。




ここを、赤いカブに乗った郵便屋さんが上がって行くのはなんだかすごく山里の生活の1頁として絵になります。

コンクリートも何十年も経って、すっかり風景に馴染んでいる気がします。 

おそらく僕は単に古いという意味での「古道」に惹かれるのではなくて、あくまで山の中で自然や地形と共存しながら営まれてきた人々の生活と、生活道としての山間の古道に惹かれるのだと思います。

単なる懐古趣味ではなく、変化していく山里の生活の中でその時代なりの姿で機能してきた道です。 

それにしても、その変化の行き着く先がもし「だれもいなくなり、消える」ことだとすれば、それは寂しすぎます。

過去と同じ使われ方ではないにしても道を道として残し、生活の記憶を聞き取り伝えることで忘却の淵から救う方法はないものかと思います。

 今、こうした道を美しいと思い、歩きたい、走りたい(利用したい)と思う若い世代の私たちにも何か出来ることがあるのではないか、と素朴に感じているのです。

甘くナイーブな理想主義に聞こえるでしょうか?でも、誰かが通らないと、道も生活の記憶も消えてしまうんです。


たとえば、ほら。
これはとある古道の出入口(この向こうは車道)。


確かに、車道が繋がったらこの道は歩く必要がないんだろうけど、何百年もこの地域の生活の動線だった歴史も趣もある古道を、このまま草に埋れさせ猪にほじくり返させ、消えるがままにして忘れていいのだろうか?

少なくともほら、ここに1人、ここを歩いたり走ったりして癒されたい人間がいます。
きっと、都内には僕と同じようにこの道に癒されたい人はたくさんいるはず。
こういう道は村の財産、あえて言うなら貴重な観光資源でもあると思うのです。
もったいない。


 僕は檜原村を、自分で選んだ新しい故郷だと思っています。
子どもにとっては文字通りの故郷になるでしょう。
まだ引っ越してきて日は浅いですが、檜原村をすっかり愛してしまっている自分がいます。

こんな青臭いことを恥ずかしげもなく書けるのはもしかしたら今のうちなのかもしれません。

でも、だからこそ、今しかできないことをやってみたいと思います。










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