JBP(JINKEN Bicycle Products)について、24inch Street Trial Bike (trMOZU)についてなど、jinkenの(ほぼ)自転車尽くしのブログ。

2013年11月16日土曜日

山の上の古い自転車と宝の山。

標高740m。
尾根の上に張り付くように佇む集落のさらに奥、もはや道らしい道は全て消え、森の中を這うようにして藪を掻き分けた先に辛うじて残る石垣と基礎だけの廃屋跡。


「あの辺に家があったらしい」という微かな情報を頼りにたどり着いた僕たちがそこで見たのは、こんな場所でもかつては確かに生活の足として大切にされていたであろう、古い古い自転車。
車体は錆びて朽ち果てる寸前、しかし七宝焼きのヘッドバッジだけは鮮やかさを残し、かつての凛々しい姿を彷彿とさせていた。

どんな山奥であっても、生活のあるところ、かつてそこには自転車があった。
そんな時代の山の生活と、自転車を押して坂を登るかつての家主さんの姿に思いを馳せて、今は暗く杉林に閉じ込められた廃屋の跡で、静かにシャッターを切った。
(・・・iPhoneだけど)



今日は、檜原村のとある集落の方たちが企画した、地元の魅力と可能性を(再)発見しよう的なフィールドワークというかワークショップというか、そういう集まりに参加させてもらって、山の中に伸びる山の生活道を歩き、古い民家や畑や山道を見て回った。

ここは、宝の山だ。

確かに山の上だから交通の便は悪いし、車は途中から入れなくなるし、冬は雪で坂道が凍り、閉じ込められないまでも街は遠くなる。
しかし日当たりはよく、見晴らしも最高で開放的、いるだけで健康になってしまいそうな素晴らしい環境だ。
景色、道、残された家、あらゆるものが忘れられた宝物のように、発見され訪れられるのをじっと待っているように僕には思える。

ただし、そのお宝を磨いて再び光らせるのはなかなか難しい。
誰も住まなくなってしまった家や道は、年月とともに加速度的に荒れて行ってしまう。
あと10年早くこの場所に出会いたかった、と思ってしまう瞬間が何度もあった。
しかし、今が「その時」なのだ。
歴史を動かすとしたら、今しかない。
僕にも何かできることがあるだろうか。

とりあえず、ここにたどり着くまでの坂も、ひとつのアトラクション(セクション?)と思えば半端ない斜度と景色で僕たちを楽しませてくれる。
ロードバイクでもすぐ近くまではたどり着ける。
ヒルクライム好きの自転車乗りと、今度改めて遊びにきてみたい。
(あ、俺普通のロードバイク持ってないや)




檜原村の山の上の集落のとあるお家から見た風景、例えばこんなの。
最高じゃない?


オマケ:


今日の「集落点検ワークショップ」のために来てくれていた「大学の先生」のひとりが、昔(彼が大学の専任として就職が決まる前)私と同じ研究会に参加してたいわば同僚?のOさんだった。

最初気づかなかったけど。

今回、彼は先生、私は村民。

社会調査の世界では、「ミイラ取りがミイラになる」(オーバーラポール、もしくは対象と適切な「距離」を取れなくなって現地社会に同化してしまう)ことは避けるべき事態とされているけど、僕は昔から、一度はどっぷり、納得いくまで同化しきった後で、改めて調査者の視点を呼び戻すという回り道をしないと自分で納得できる覚悟をもって調査レポートが(もちろん論文も)書けない、いや書きたくないという困った性分なのでした。

ミイラにならずしてミイラのことを書く図太さがないんですね。
そして、ミイラになっても書ける保証はないわけですが(笑)。
研究者には全く向いていません。
それよりもやりたいことが多すぎて。

そして、人生は短い。





0 件のコメント:

コメントを投稿